第9回 勉強を自分からする子に育てるには「人格育て」が必須です
先日、「勉強ができる子の育て方」について原稿を書きました。
「勉強ができる子の育て方」など3万部を売る著者さんをたくさん育ててこられている優秀な編集者さんが
私の原稿を読んで下さり、
「水野さんの(勉強ができる子の育て方の内容なのに)原稿には“勉強”についてのことがどこにも書いてありませんが・・??」とおっしゃいました。
私はそのことをいままで意識したことがなく、言われて「あ・・確かに・・」と気づきました。
そのときはうまく答えられなかったのですがあとでじっくり考えてみて、
またスタッフにも話してみて、考えがまとまりました。
私が大事にしているのは『人格を育てる』だと。
長い間、講演をしてきて、講演の中で“勉強”のワードを出すと、多くの聴講者さんが“カリカリカリ・・・・”とメモを取り出してものすごく真面目な目になり、私はこどもの学力への関心が非常に強いことを肌で感じて、だんだんと気づかぬうちに、
自身は我が子にもどの子にも勉強ができる子にしようなんて思ってもいなかったのに、いつのまにか期待に沿うがごとく演題を考えるようになってしまっていました。
ハッと目が覚めた気持ちです。
長男も次男も非常に優秀で勉強ができましたが私は宿題を教えたこともありません。
塾や家庭学習はもちろん習い事を誘導したこともありません。
私が一生懸命に労力を費やし大切にしてきたことは毎日毎日、日々、成長というかけがえのないありがたい時間を見守らせてもらえると同時にこどもたちが一日一日大人になるごとに失われていくこどもである時間を惜しむくらいに
たくさんいろんなことを遊びを通じて体験し経験しつつ、なによりたくさんの遊びから得られる楽しい感情体験の時間を過ごさせてあげることでした。
それが私の人格の育て方の基本です。
私が関わってきたすべての子にも同じように時間を惜しんでたくさんの愛情を注ぎ、「遊び」を大切にし、人格育てをブレずに大事にしてきました。
昔の欽どこ(古いテレビ番組です笑)でいうような、良い子悪い子普通の子もみぃんないい子でルールも守るし大声で笑う子になりました。可愛くて可愛くてみんな自分の子にしたいと思っていました。
なつけば可愛いし、言うことを聞いてくれたらうれしいしやっぱり可愛いですよね。
こどもも同じです。
優しかったら嬉しいし、遊んでくれたら信頼するし、ダメなことはダメとブレずに教えてくれる大人といれば安心感を得られ、当然、その大人を自分にとって大切な存在だと認識し、素直に聞く耳を持ちます。
人格を育てるからこどもはやるべきことはやる、言われなくてもやる、誰も見ていなくてもやる、となると当然、「勉強もやるべきことだからやる」ということになり、こどもの義務だから、大人の仕事と同じだからやるんだなと思いました。
手に負えないと大人に見放された子は「義務だから」と言う意識はなくても「この人が言うから」という信頼関係でやるべきことを私の前ではやる姿勢をみせました。
我が子には「勉強は大人のお仕事と同じ」だとお話ししたことはありませんが、
カウンセリングの中で必要に応じて、大人の方にもこどもにもそのようなことをお話しすることはあります。
わかってはいましたが、ただ、ここまで客観的にはっきりと意識したのは今回初めてのような感覚を持ちました。
どんな子を育てるにも何を教えるにも、まずは『人格』あってこそのことです。
生まれつき持っているような顕著に高度な知的能力や並外れた成果を出せる程の突出した才能を求めなければ、みぃんな、『なんでもやればできる』し、『お利口さんな子』になるし、もちろん『勉強のできる子』になります。自分からなぁんでもする子になります。
特性があってもその特性に抵抗のないかかわり方をその子の様子を見ながら柔軟に適宜変化させていってあげればその子のスピードでできるようになります。
特性を持つ持たないにかかわらず、必要な無理は必要な範囲でさせることも必要なことがありますし、
できるようにならないわけではないことでも、その子の気質を理解して、それを手離した方がより良い結果が手に入るのなら、“デキルを捨てる”選択肢を持つことも重要でそのスタンスが人格を育てます。
例えば勉強について。勉強はどんなにおもしろく工夫してあっても勉強は勉強。
遊びに勝れるわけも同格になれるはずもありません。
そのおもしろくないことをやるという気持ちを支えるのが人格です。
どの子も「やればできる」のに、「やらない」からできません。「やる子」を育てなければいけないんです。
「やる」に必要な大きな五つの基本人格は
①やるべきことをやる責任感。
責任感だけだとしんどくなってしまうがそれを支える↓
②大事な人(親等)に喜んでもらいたい(きっと喜んでくれる)と思う愛の信頼や絆。
③将来、未来を見据え合理的に判断する思考。
④たくさんの知識を得たいと欲する向上心。
⑤ここぞというときにやりたいことを我慢して地味なことでもコツコツ努力する忍耐力。
この人格を構成する5つのエネルギーを育てて満タンにしておくことでなにかあったときにも何かに取り組むときにも臆せずに「自分なら対処できる」という自分への信頼と自分の可能性への確信といった自己効力感や、
理屈ではない自分の内から湧いてくる信念や価値観、感情などの行動への原動力といった内発動機につながります。
そして「強制的に勉強をさせられる子」ではなくて、「自ら勉強をする子」になります。イギリスのことわざに「馬を水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない」とありますように、
どんなに機会を与えてもどんな優秀な先生をつけても本人にその気がなければそのチャンスをつかむことはできません。チャンスをチャンスとも気づけず、思うにも至らないでしょう。逆にふてくされる、いじける、すねる・・になるかもしれません。
なにかを習得させたいにしても、知識を詰めたり、練習を積ませたりする前に人格育ては絶対条件です。
その子の年齢と気質と発達の具合やその子を取り巻く人間関係や生活環境などの全体を理解し考えたうえで
その子その子、一人一人への関わり方やしつけの方法をあの手この手で品を変え、時には兄弟であっても正反対の対応がこどもにとって必要なときもあると心しておけるといいですね。
お片付け一つにしても、自分でのんびりゆっくり、ウダウダグズグズノロノロでも動く子には
「気長に待つ、そして一人でお片づけをしていることを褒め見守り、やり切ったことを感心して驚いて褒める」が未来に効果的ですし、
自分一人ではなにからどう手をつけていいかわからない子やふてくされたりすねたり、遊びに没頭していてなかなかお片づけを始め出さない子には
「一緒に役割分担をしながら褒めながら楽しく片付ける、そして片付け終えられたら綺麗になったことを共に喜び、そして褒める」が
その子にお片付けの要領を教える、指示をされたときの受け止め方を変えていくための優しくて大変効果的な方法であり、未来を変えるために、必要な最初の一歩ですし、状況やこどもの気質や、そのとき持つ性格によって関わり方は違いますが、基本的には嫌な顔をみせつけ心理操作しようとしないことは大前提です。
人格を育てる子育ては『こどもがこどもらしく、幸せなこども時代を過ごさせてあげること』、生きていればいろんなことがありますが、『逆境に立たされた時も辛いときも不安なときも孤独なときも、必要な心の休息時間や考える時間を得たのちには、自身が積み上げてきた自己効力感で踏ん張り這い上がり跳ね返し、自分の人生と命を大切にできる未来の切符を持たせてあげられること』が私の願いであり、人格育ての目的です。
『勉強を自分でやる子』『手がかからない子』は意図して目指しているものではありませんが、
人格育てをすると必然的にそれが手に入ります。
感謝されようとか、尊敬されようとか、好かれようとか嫌われないようにとか全部手離して、
純粋に人格育てをすると、見返りを求めて愛してきたわけではなくても、こどもはたくさんの愛情と思いやりを返してくれます。
親の都合を優先した心理操作をすればいつかどこかで親子関係がこじれたり、こどもの人生に歪みが生じたりします。または互いに不幸になるかこどもが不幸になります。全部が身に降りかかることもおおいにあります。
ガミガミヤイヤイ言えば、未来に負債を募らせていくようなものです。
人格育てにはガミガミヤイヤイを言うシーンは一切ありません。
ガミガミヤイヤイを言わないことも人格育ての大前提です。そして、嫌み皮肉、命令口調にならないようにこころがけて人格育てをスタートさせます。
すると、自分もこどもも周りも“みんなが気持ちのいい子育て”がいつの間にか手に入ります。
まずは、とにかく6週間やってみる!!ぜひ、お試しくださいね(*^^*)