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第44回 こどもの義務と権利について

自由や権利というのは、「してもいいし、しなくてもいい、選んでもいいし、考えてもいい」ということです。

義務というのは「~しなければいけない」です。

国が国民に向けた、権利や義務というのはありますが、こどもに国の基準をそのまま当てはめてしまうと、こどもは、健康な人格を形成することができません。

昨今、権利ばかりが強く唱えられるようになり、“こどもの意思を尊重”という言葉がかっこよくブームのようになっているようにも感じられますが、言葉ばかりが独り歩きをして、本来の意味とは違った、害となっているように思います。

自由や権利は「勝手をしてもいい」ということではありません。

こどもはまだ人生経験が浅く、精神的にも未熟で情報も不足しています。

“今”を見つめるのに精いっぱいで大人のように、過去から学び、未来を現実的にイメージして人生を構成する力は、まだまだこれから、大人のサポートを受けて身につけていけるものです。

なのに、なんでもかんでも、“こどもの意思を尊重”と言い、こどもの好きなように、したいようにさせていると単なる傲慢で独りよがりな子になってしまいます。

こどもは「したほうがいいこと」「しなくてはいけないこと」の基準がなかなかわかりません。

あるいは、親が、言葉では「どっちでもいいよ」と言いながら、意にそぐわない方を子どもが選択すると嫌な顔をするなどすることがあります。

結果、“こどもの意思”と言いながらも、実際は暗黙の圧力でこどもが自分の期待通りの行動をするように心理操作をしていると、こどもは混乱してしまいます。

そして、こどもは、親の「どっちでもいいよ」に“素直に心のままに従った”としても、“自分は、違う考えだったけど親の期待に沿った行動をした“”としても、悪い結果となった場合、親に、「あなたが選んだのだから」と結果の責任と精神的なダメージの責任を一人で背負わされ、押し付けられることになってしまうのです。

権利行使するということは責任も伴います。

ですが、こどもには、自分が選択したことにも、その結果にも、責任を持つことは難しいです。

そして、結果の責任も、心理的責任も全部受け止めることはこどもの心には重すぎます。

家庭の中でのこどもの権利とは、“家庭(親)の方針に主張することができる”ということです。もしも、こどもと親との考え方に相違があったときには、こどもの気持ちや意見を聞いて、話し合い、必要に応じて家庭内のルールを決め、状況に応じて、ルールの見直しや改定を図り、家族みんなが、『それぞれのルール』をちゃんと守るようにしていくと、親への信用は高まり、信頼関係は固いものとなります。

そういった、家庭の中でのこどもの権利を与えるうえで、こどもが権利を行使したときに生じた責任は、“あなたが決めたのだから”と突き放すことなく、かといって、全部責任を負ってあげるのではなく、大前提として、“あなたの責任はあなたの持ち物”という考え方を持ったうえで、結果の責任も心のダメージも一緒に背負ってあげる愛情が大事です。

いっぽう、権利行使をするためには、最低限の義務を果たすことが必要ということを学ばせなくてはなりません。

“義務”をしっかり果たさせるということは、こどもの“責任感”や“自負心”を育て、社会適応能力を身につけるということにつながります。

そのためには、良識の範囲内で、家庭の中での“親基準”の、“こどもの義務”がいります。

ママが“ここだけはどうしても譲れない”という、こどもにとっての“最低限のすべきこと

”を“義務”として定め、“やるべきことはやりなさい”という、“厳しい姿勢を貫く、信念を持つ”ことはこどもの人格を育てるためと、こどもの社会適応力を養うために、とても大事です。

私の価値観で言えば、例外を除き、“自分のことは自分でする”を軸としたものを義務とします。

ただし、“幼く、年齢的にできないことはサポートする”、“年齢的にも、技術的にもできるようになるまで教える“自分のことは自分ですることなのだと言うことが身につくまで自分でさせるようにする”“まとめてできることはしてあげる柔軟さを持つ、かわりに時々全部をしてもらう(例 お洗濯)”“ママがするのが当たり前という、感謝の気持ちを忘れた、誤った考え方をしている場合はすべてさせる”“中学生となり、こどもの“仕事”となるものが増えた場合、例えば部活や受験、学校行事の活動など、そういった時期はまた、柔軟に

サポートしてあげるなど、その年齢や状況に応じて、対応に柔軟さを持つことがポイントです。

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