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第94回 可愛い子には武器を持たせよ

子どもたちが強くたくましく自信に満ち溢れて一人で人生を歩んでいくためになにか武器を持たせて送り出すとしたら何を武器に持たせますか?「鬼が島に行く!」 と宣言した桃太郎におばあさんはおにぎりを、山に行く金太郎にはおかあがまさかりを。お使いに行く小僧さんには和尚さんが三枚のおふだを持たせました。それぞれのママたちはこどもが小さいころから未来に困らないようにと習い事をさせます。手に職がつくように、選択肢が広がるように、いわゆる人生の武器のために、親のそれぞれの愛情の表れですね。心理学には『発達課題』 というのがあります。年齢に応じてクリアしていく発達の目安のようなものです。人はそれぞれの年齢での成長によってできることとできないことがあります。ですが、“この子はできるから”といって 「能力をもっともっと」 と子どもの心と体と時間の尊重をうっかり忘れて大人の都合だけで先走ってしまい、こどもの人生の剥奪となっては残念ですね。逆に、“この子はできないから”といって 「いずれできるときがくる」 とほったらかしに無関心でいれば子どもの自己肯定感や自己有能感が育つ妨げになりかねません。“無関心”でいることは子どもの心や体の発達によくありません。発達課題に開きがあって、気になる遅れがあるときはほんの少し手助けと見守りのバランスをとりながら、こどもの自尊心を傷つけぬようにサポートしていきましょう。時間は人間にとって唯一、平等なものであり、そんな短い限られた時間の子ども時代には大人の時代よりもうんと細かく発達課題があります。だからこそ、子育ても子どもひとりひとりの年齢と成長に合わせた関わり方が重要で子どものころの時間の使い方はこどもの人生を左右するのです。私は人生に持たせる武器としてすべての子が『情報編集力』 を獲得してもらいたいと願っています。私が常に言う、「頭の良い子に育ててあげたい」というのはこの情報編集力の優れている子をイメージしています。そしてその力の獲得方法は“遊び”をたくさんさせること。子どもの心をワクワクドキドキ、子どもの表情をコロコロ変え、キャーキャー、ゲラゲラさせる“遊び”には発達課題をクリアしていき、未来を輝かせる重要な要素がたくさん詰まっています。おにぎりにもまさかりにもおふだにも勝る武器となります。誰にも邪魔されることなく、自分の人生における子ども時代の時間を楽しく過ごし、経験と体験がたくさん詰まった思い出という財産をたっぷりともって、自分の性質と能力に見合った生きやすく心地よい生き方を自分で考えて自分で選んで自分で人生を歩んでいける力は、学もお金も物もなくても、誰でもその気になれば持たせてあげられる最強の武器です。

〇情報処理力と情報編集力

「勉強のできる子」 とは 「情報処理力の優れている子」 のこと。「正解が一つしかない問題に対して訓練によって正しい回答を素早く導きだせる子」です。 

「情報編集力のある子」とは 「正解が一つではない初めてぶつかる問題に対して自分が持つ経験と知識と技術と、他人が持つ経験と知識と技術をうまく組み合わせて他人も納得でき、自分なりにも納得ができる判断と回答を素早く導きだせる子」 のことをいいます。どちらも素晴らしい力ですが、限られた時間の中でこども時代に力をつけることが重要なのは情報編集力です。優秀なひとのほとんどが集中力を大人になってからつけたのではなく、こども時代の遊びから身につけてきたといわれます。情報編集力の5大要素はロールプレイングの力、シミュレーションの力、ロジカルシンキングの力、コミュニケーションの力、プレゼンテーションの力。さらに優秀なひとのほとんどが集中力は大人になってからつけたのではなく、こども時代の遊びから身につけてきたといわれます。情報編集力を大人になってつけるのはなかなかの至難の業ですがこども時代なら楽しくメキメキ力がついていきます。

勉強も遊びも一生懸命!何事もバランスが大切

勉強ができる子、いわゆる情報処理力が高い子に育てたいという思いに否定はしません。勉強はとっても大事です。人生にも人格形成にも影響します。でも、未熟な子どもには勉強は修行のようなものですから、ある程度の誘導はほとんどの子に必要だと思います。勉強をさせることによって忍耐力が付きます。あらゆる欲求を我慢して、面倒くさくても、嫌でも、机に向かって長い時間集中してやり遂げることは、将来、いろんなことに役立つでしょう。社会人になっても、投げ出したいときにグッと我慢して取り組むことができるでしょう。ですから、「勉強ができれば未来の選択肢が増えるから」という理屈も間違っていないと思っています。高学歴というブランドだけでなく、“それだけ人よりも努力してきたのだから会社に貢献してくれるだろう、人格的にも能力的にも信頼ができるだろう”という期待を込めて、高学歴の子を採用したい企業が多いのも事実です。課された仕事(課題や提出物)はやるという責任感も養われていることから、周りからの信頼も厚くなります。高学歴というステイタスも確保できます。しかし、それだけでは苦労してしまうのです。学生のうちに解かねばならない問題は“答えが一つであり、それを素早く正確に導き出せること”が最優先です。でも、学生を卒業し、社会人となれば、そのほとんどの問題は、”答えが一つではなく、常に新たな問題を目の前にし、その正解は未知数であり、自分も他人も納得のいく回答を素早く導き出すこと”が多いです。ひとは学生である時間よりも、そのあとの人生のほうが長く、そのあとにどう生き、どう死んでいくかが最重要課題となってきます。社会人となり、死を迎えるまでには、幼き日から学生の頃の思い出は人生の宝となり、人の人生の支えともなります。勉強をさせたい親の思い、多くは子の幸せを願ってのことです。が、知らぬ間にいつのまにか『投影』を起こしてしまっている人もいます。自分の過去に満足がいかなかった、“勉強しておけばよかった”と悔み、激しい後悔をし、子どもの姿に自分を映し出して、子どもに学力をつけ、高学歴にさせることで人生を挽回しようとしていたり、今の自分が満たされていないから、子どもが褒められることで自分が満足する喜びと快感に走ってしまっていたり。そうなってしまうと、こどもは情報処理力をつけることで得られることよりも、人生で失うもののほうがはるかに大きいことになってしまうことがあります。こどものころに得るはずだった遊びの経験、学生の頃に味わう思春期ならではの若気の至りの思い出。5感の感覚や感性も、娯楽も、体験も経験も、すべて、学生の時期にしか得られない楽しみや人間関係などがたくさんあります。情報処理力だけに注目し、「あなたの未来のため」と大義名分を掲げて、言語的であろうが非言語的であろうが、欲求をすべて捨てさせ、我慢を強いて、勉強する時間以外のこどもの若い時間を取り上げてしまうことは、子どもの人生のはく奪ともなりかねません。子どもが自分の人生を振り返ったとき、なんにも残っていないかもしれない。学生を卒業したとき、これまで敷かれていたレールを走っているだけでよかったのに、「これからは自分で道を作りなさい」といきなり放り出されて、どうすればよいのか途方に暮れ、呆然と立ちすくんでしまうかもしれない。社会人となって、「自分で考えろ」と言われ明確な指示を与えてもらえなかったとき、何をどう考え、どう行動していいのかわからずにパニックになってしまうかもしれない。勉強をするということは勉強をしているその時間は他の欲求を捨て、他の体験や経験をしたり、自分で感じたり考えたりする時間を犠牲にするということです。勉強をしているその時間は思い出作りも、勉強をしていたという思い出以外は一時的に止まっているということでもあります。ひとは経験や体験、そして失敗、人との交流などあらゆることを学び、必要な時に必要なものをリンクさせることを繰り返し繰り返しして、“答えが一つではない、初めて遭遇する問題の解答を導き出す力”をつけていきます。それが情報編集力となります。情報編集力にたけている人は人生に強いです。自己実現に向かって、しっかりと自律的に人生を自分のものとして実感して生きることができます。つまづいても、這い上がる力を持っています。“子どもを幸せにしたい”そんな願いを確実に叶えていただくために、情報処理力だけに囚われず、情報編集力にも目を向けて、『なにごともバランスが大切』と意識していただくことをお勧めします。

✖「勉強しなきゃ、幸せになれないよ!」〇「遊びも勉強も一生懸命!」

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